今日も涙の陽が落ちる
男はつらいよ 寅次郎相合い傘
1975 松竹
監督: 山田洋次
出演: 渥美清
浅丘ルリ子
船越英二
岩崎加根子
久里千春
桜が 咲いております
なつかしい 葛飾の桜が
今年も 咲いております


思い起こせば二十年前
つまらねぇ事でおやじと大喧嘩
頭を血の出る程ぶん殴られて
そのままプイッとウチをおん出て
もう一生帰らねぇ覚悟でおりましたものの
花の咲く頃になると
決まって思い出すのは故郷の事
ガキの時分
鼻ったれ仲間を相手に暴れ回った水元公園や
江戸川の土手や 帝釈様の境内でございました
風の便りに両親も秀才の兄貴も死んじまって
今はたった一人の妹だけが生きている事は知っておりましたが
どうしても帰る気になれず
今日の今日までこうしてご無沙汰にうち過ぎてしまいましたが
今こうして 江戸川の土手に立って
生まれ故郷を眺めておりますと
何やら この胸の奥が ぽっぽと火照ってくる様な気が致します


そうです わたくしの故郷と申しますのは
東京 葛飾の柴又でございます

わたくしにとって、映画ってぇ言うものは、とても代え難いものでありまして、そして中でも『男はつらいよ』シリーズは、もう特別以上の存在であったわけです。シリーズ第一作が1969年と申しますから、もう今から30年も昔の話となっちまいました。その時分、わたくしはとても貧乏でございましたゆえ、映画ってぇ言やぁ近所の名画座にろくすっぽ金も払わずに通って観ておりました。それでも、まぁ、年に一度か二度、運良く新作映画を観るチャンスもございまして、そしてそのとき観るものは、決まって「寅さん」でありました。

わたくしの育った環境は、お世辞にも良い環境とはとても呼べやしませんでしたが、決して逃げる事の出来ねぇ現実を、ほんのひとときだけ、その世界に心を逃がしてくれた映画と言うもののおかげで、なんとか凌ぎ抜いて来られたからこそ今があるのは事実でございます。
「風に誘われる…、とでも言いましょうか。ある日ふらっと出て行くんです」
と気障なセリフを吐いて旅に出る寅さんのように、わたくしも何度も耐え難い現実から逃げ出したく思ったものです。

寅さんと関わりを持つ人々は皆、寅さんの温かな人情味に触れ、その人間性に惚れ込むわけです。そして寅さんの方も、そんな人々の温かいもてなしを旅先で受けるのです。そんな温かな人情や溢れる人間性は、いったいどこから来るんでしょうかねぇ。ただの「温かい人」ってぇ人物設定だけでは、ここまで心に染みて来るはずもなく、山田洋次監督が天才と呼ばれる事もねぇでしょう。わたくしも、こんなにも長年観続ける事はなかったと思います。寅さんの人情って言うものは、博風に気障に言やぁ、人生の哀しみ切なさ、人間の冷たさと温かさの両方を、身を持って痛いほどよく知った上で、それでもなお、人の温もりを愛し求めてやまぬ純粋な心から来るものである、だからこそ、より深く染み入る人間味となって現れる、と、わたくしは思うわけであります。そして、寅さんにとって特別な女リリーも、それに近い、どこか寅さんに似ているところがあります。わたくし自身も、義理や人情で渡り切れぬ渡世の非情さってやつを、この身を持って知り、それゆえに見つける事が出来たものも多くあります。むしろ、それこそが人の世でもあり、それがこんなにもリアルに描かれている事に気付いたときに、山田洋次と言う監督は天才だと、強く感じるのです。

実に深い人間性、この映画にとってのそれは、まさに要でしょうねぇ。この作品の中に、わたくしが特に、もうとてもたまらないほど好きなシーンがあります。
「はぁ〜〜あぁ〜…、おれにふんだんにゼニがあったらなぁ…」
「お金があったら、どうするの?、お兄ちゃん」
「えぇ?、そりゃおめぇ、決まってらぁな…」
に続くシーンです。ひとことも口にはしねぇくせに、もう死ぬほどリリーに惚れてるってのが、痛いほど伝わって来る名シーンです。

山田洋次もスタッフももちろんではありますが、俳優、渥美清の名演技にも、天才と思わずにいられない、わたくしの観たすべての映画の中でも、特に名シーンのひとつでございます。

わたくしは、家族と言うものを手に入れかけた事もございました。わたくしなりに、ささやかながら幸せを求めもしましたが、まぁ、結局失い、その後、様々な理由から、十年以上旅暮らしをしていた事がございます。つまりフーテンです。様々な土地をめぐり、明日の見えぬその日暮らしのわたくしを、ときおり、珍しがる人もおられました。
「観光旅行ですか?」
「そんな気の利いたもんじゃござんせん。あてもねぇ、ただの旅人ですよ」

こんな気障なセリフを、寅さんは言いましたが、なんとも言えねぇ空しさのようなものも含まれていると、わたくしは感じます。目的地もなく、いったいどこへ向かうのか、行ってなんの意味があるのか、行き着く先はどこなのか。自分の存在すら意味のねぇものに思えたりもするわけです。それでも救われるのは、やはり人の情ってぇやつでした。わたくし、西へ行きましても、東へ行きましても、とかく土地とちの、おあ兄さん、おあ姉さんにご厄介かけ勝ちなる若造でありましたが、なにしろ多くの人のお世話になりました。そのご温情ご厚意を下すった人への感謝と義の心だけは、死ぬまで決して忘れやしません。


「贅沢は言わねぇよ。親切なおかみの一人もいて、おれが仕事から疲れて帰って来る。『お帰りなさい、疲れたでしょ?』、そんな事を言ってくれりゃぁそれで十分よ。あっ、風呂はなくってもいいよ、おれ銭湯大好きだからね。『一っ風呂浴びてらっしゃいな、帰って来るまでに晩ご飯作っとくからね』。タオル、洗面器、シャボン、『どうせあんた細かいお金持ってないんだろ?』、四十円ポンともらって、『じゃあ行って来るか』、『いってらっしゃい』。やがておれは風呂へ行く、帰って来る、晩メシになる。おれはね、おかずなんか何だっていいな、どうせ家賃は大した事ないんだからさ。そうねぇ、おつまみに刺身一皿、煮しめにお吸い物、玉子焼きなんかちょっと付いてもいいし、おひたしなんかもあったらいいなぁ。お銚子を三本ぐらいすっと呑む、昼間の疲れでついウトウトする。おかみがスッとそれを見て、『櫻、枕を持ってっておやり。ついでにお腰も揉んでやったらいいんじゃないかい?』ってね。櫻ってのは下宿の娘よ。…ん?、どうしたんだ、そのツラは?」

わたくし、このセリフ大好きです。なんともバカで…。

あるとき、わたくし気付きました。寅さんはずるい…。

“根無し草”なんかじゃない、ちゃんと、帰る場所、温かく迎えてくれる人々の待つ家があるじゃねぇか…、おれとは違う…、そう思いました。

その後、わたくしのフーテン暮らしは終わりました。

それにしても、これほどまでに映画の登場人物がわたくしの中で実在する人物となったのは、寅さんの他にございません。長い時間、観続けて来た事ももちろんですが、誰がなんと言おうと、わたくしにとっては、寅さんは実在する人物なのです。

ある日、家に帰り玄関のドアを開け、そこにこんなものが置いてあったら…。


「あ!!…、寅さん来てるよ!!」

靴を投げるように脱ぎ捨てて駆け上がるでしょう。

あるとき、青春時代を迎えた満男が、寅さんに問うのです。
「伯父さん、人間は…、人間は、なんのために生きてるのかな…」
「ええ?…、んだよ、おまえ…、んな難しい事聞くなよ…、そうだなぁ、ま、難しい事はよく解んねぇけど、アレだ、ほら、たまぁにさ、たまぁに、あぁ…、生きててよかったなぁ〜ぁ…、って思う事が、たまぁにあんだろ?、そんときのために、生きてんじゃねぇのかなぁ」


「おれはね、長い長い一本の映画を、何十年もかけて撮ってんだよ」

生前の渥美清の言葉です。

最上の敬意と感謝の気持ちを込めて、謹んでご冥福をお祈り致します。


「そんじゃ、おれぁ行くからよ、達者で暮らせな、あばよ!」

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